オペラ台本の前程

前回このコーナーにおいて「舞台上演と台本」というタイトルで、原作戯曲より上演台本を作成する演劇と原作戯曲よりオペラ台本を作成する作業のオペラとの違いはオペラにおける楽譜の存在であると述べた。大きな目的としては演劇もオペラも上演を目的としている点では同じであるが、オペラでは楽譜の作成のためのオペラ台本、リブレットであるという点が舞台上演を目的としながらも決定的に異なっているところである、と述べた。

今回は、少し見方を変えて話を進めていきたい。そもそもオペラ台本のドラマ作りや言葉の使い方などには演劇の上演台本と明らかに異なっているところがある。その第一が、オペラ台本全体がほぼ韻文で書かれていることである。それに対して演劇の上演台本は一部を除けば散文で書かれている。韻文で書かれているというのは、やはり音楽の上に言葉が載せられているという前程があるからに違いない。しかしながら、この前提は 時代や作曲家の作風によって度合いや意味合いが異なっているというのがオペラの作品史を形作っている。

先日、ウィーン国立歌劇場来日公演R.シュトラウスの名作『ばらの騎士』の素晴らしい舞台を拝見することが出来た。今回のプロダクションが今年1月に亡くなられたオットー・シェンクの名演出の舞台であり、長年ウィーン国立歌劇場のレパートリーとして上演され続けてきた日本では滅多に観ることのできない舞台で、この舞台を観なければ一生後悔すると思い、高額なチケット代にも拘わらず足を運んだ。

R.シュトラウスオペラ『ばらの騎士』第一幕

最近の舞台ではお目にかかれることが稀になった豪華な舞台美術のプロダクションであり、とても正統派の舞台であった。このような舞台にたまに触れると心が落ち着くものである。

実際は、心に深く刻み込まれた稀にみる素晴らしい上演と言える舞台だった。第一印象として強く思ったのが、オペラらしい作品でありながらまるで演劇を観ているかのように言葉のドラマを感じ、歌い手たちのリアルな表現が味わい深かった。欲を言うのであれば、もっと小さな劇場で舞台の細かい登場人物の関係性を観たかったと感じた。それは演劇を観るとき感じる感覚である。この『ばらの騎士』という作品は1911年初演であり、後期ロマン派のワーグナー風の大規模なオーケストラがつけられている。二重唱やアリオーソのような部分も多いのであるが、従来のオペラのような繰り返しの部分などが思いのほか少なく、登場人物の会話で綴られている部分も多くある。すなわち散文の形がオペラ台本の中にある程度以上含まれているということである。やはり現代オペラに近くなるほど言葉の意味合いが強くなる傾向があるように思える。その度合いの強さによってオペラの味わい方、オペラのドラマのとらえ方が変化しているのではないか。

次回より、オペラにおける原作戯曲よりオペラ台本を生み出す作業の特徴を見つめていきたいと考えている。